雑誌ジャーナリズムの現場から

マスコミ業界回遊日誌

2008.10.22

10月11日(金)
 カミさんの誕生日祝いに赤羽橋の「東京スイスイン」に行く。昔は、六本木の交差点の近くにあったのだが、こちらへ引っ越してきた。まだ、チーズフォンデュが珍しかった頃、店へはいると、チーズの臭いが充満していた。
 その頃の支配人が、引き続き、この店をやっていたのだが、姿が見えない。店に聞くと、しばらく前に亡くなったそうだ。
 外に出ると、ライトアップされた東京タワーが見事である。

10月13日(日)
 美野里コースでゴルフ。とりたてて記すること無し。

10月14日(月)
 夕方、大正大学の授業。終えて、有楽町で、日本インターネット報道協会の集まりに行く。しかし、皆さん都合がつかず、「オーマイライフ」の平野日出木編集長と「JANJAN」の石井健二さんと三人だけ。近くの居酒屋で、いっぱいひっかけて帰る。

10月15日(火)
 終日、オフィスで原稿書き。日本ジャーナリスト会議で出している「ジャーナリスト」に、上杉隆さんの「ジャ-ナリズム崩壊」の書評を書く。「週刊朝日」を読む。

10月16日(水)
 朝、「週刊新潮」と「週刊文春」を買いに、近くのコンビニへ。二誌を読んで、昼までに「J-CAST」の「深読み週刊誌」原稿を書き、メールで送る。
 夕方、インターノーツの井内さんと新書打ち合わせ。
 高須基仁さんから電話。しばらく、ロスで自殺したとされる三浦和義さんとのことを話す。なぜ、死ななければならなかったのか。彼は面白いことをいっていた。三浦さんが、「ロスで始まりロスで終わる」といったのは、保険金殺人で始まり、保険金自殺で終わるということではなかったのか。彼は、それについて、次号の「小説宝石」で書くというのだ。楽しみにしたい。
 夜、両国の蕎麦屋「ほそ川」にて日本酒をちびちびやりながら、酒肴、しばらくしてから、かけそば、最後にせいろでシメる。至福なり。

10月17日(木)
 朝早く起きて、羽田から北海道、帯広へ向かう。

10月18日(金)
 帯広から、鉄道にて、釧路へ向かう。阿寒湖で半日遊ぶ。紅葉真っ盛りなり。周遊船に乗り、小さな島で、マリモの一生を見る。
 船着き場の前の土産物屋に、知人がやっている栄養ドリンク「まりもっこり」の看板数多くあり。写真撮る。
 夕方、釧路の「八千代鮨」で、北海道でしか食べられない高級魚「八角」(最近では築地でも手にはいるとネットに出ていたが、真偽はわからない)という魚の刺身を食らふ。アブラが多いがさっぱりしている。帰りの空港で、「花畑牧場の生キャラメル」を探すが、手に入らず。仕方なく、類似品で我慢する。

10月19日(土)
 益子コースでゴルフ。天気快晴、無風。ゴルフ、いつも通り、いたって波風多し。

10月20日(日)
 午後、「BayFM」のスタッフ4人、オフィスへインタビューに来る。来年、5月から始まる「裁判員制度」について、聞かせてほしいとのこと。1時間半ばかり、気だての良さそうな女性アナウンサー相手に、裁判員制度の問題点や、国民側の対処の仕方などについて話す。今、なぜやるかわからない制度だが、最高裁は、面子に賭けても実施するだろう。お上がやることだからと、いつものように、長いものには巻かれろというのでは、司法の思い通りになってしまう。私なら、選ばれたら積極的に参加し、堂々と意見を述べ、判決までの一部始終を、会見でも開いて、多くの人に聞いてもらおうと思っている。
 一生誰にもしゃべってはいけないなどというほうがおかしいのだ。少しでもこの制度をよりよいものにするためには、この制度の、何が問題なのかをみんなで共有し、議論することだ。
 しかし、こんなことをいっていては、おれのところへ「赤紙」は来ないだろうな。
 夜、近くの蕎麦屋で、週刊誌を読みながら日本酒と板わさ。「週刊現代」の八百長は第三弾だが、そろそろ弾が尽きてきた感じ。なぜ、武田記者が、法廷で話した、貴ノ花と北の湖の八百長について書かないのだろうか。
 亡くなった二子山親方の元奥さん、藤田憲子さんが、1975年春場所千秋楽での横綱北の湖と大関貴ノ花の優勝決定戦で、貴ノ花が勝った一番などが八百長だったと話したというのだ。さすれば、あの若乃花、貴乃花の兄弟対決で、若乃花が、おおかたの予想に反して勝ったのも八百長じゃなかったのだろうか。その辺のところを、現代さん、よろしく。

10月21日(月)
 あの頃を思い出して岡林信康を聞いている。彼が、「友よ 輝く明日がある」と歌った60年代後半、70年安保闘争や学園紛争のただ中だった。学校へ行かず、さりとてデモに加わる勇気もなかった私は、一人、早稲田の映画館の暗闇で、高倉健や藤純子に酔いしれ、肩を少し怒らせながら、バーテンダーの仕事に行くのが日課だった。
 そんな私にも、岡林のこの歌は、明日は今日よりもよくなるかも知れないと思わせてくれたものだった。それから40年近くが経ち、高齢者の仲間入りをする年齢になり、無性に、この歌を聞きたくなった。
 この歌の通り、夜明けはあったのか。再び、真っ暗闇に戻ってしまうような気がするのはなぜか。どうしたら、あの頃のような、無邪気な気持ちに還れるのだろうか。
 小林多喜二の「蟹工船」が読まれているそうだ。それより、岡林の「山谷ブルース」を聞いとくれ。「工事終ればそれっきり お払い箱のおれ達さ」。今こそ、格差で泣いている「若者たちよ」、「連帯」せよ。

10月22日(火)
 大正大学を終えて、新宿高島屋の上にある「テアトルタイムズスクェアー」で、ショーン・ペン監督の「INTO THE WILD」を見る。
 すべてを捨てアラスカへと放浪の旅へ出た裕福な青年の心の軌跡を描いた人間ドラマ。ショーン・ペンが監督を務め、原作は冒険家ジョン・クラカワー著のノンフィクション小説「荒野へ」。前途有望な未来を捨て自由を選択したすえに悲惨な最期を遂げる若者を演じるのは『ロード・オブ・ドッグタウン』のエミール・ハーシュ。『ダーティハリー2』のハル・ホルブルックが、愁いをたたえた老人の役で登場。青年が足を踏み入れていく、美しくも厳しいアメリカの大自然の映像も圧巻」(YAHOO!映画より)
 ディカプリオ似のハーシュが、両親との確執もあって、身一つで、アラスカの原野へ入って、最後、飢えのために食べた草の実に当たって死を迎えるまでを好演している。
 舞台になったアラスカのフェアバンクスは、嵐山光三郎さんたちと、オーロラを見ながら露天風呂に入った思い出の地である。
 この映画で、ペン監督がいいたかったことは、「価値観を変えろ」ということだろう。物欲、人間関係、出世などのしがらみを捨てて自由になれば、違ったものが見えてくる。23歳の若者の純粋さが、世俗の垢にまみれ汚れすぎた年寄りにも、今ある自分を変えろと、訴えかけてきた。
 最後のハッピーエンドに少々難ありだが、これから人生が始まろうとしている若者たちに見てもらいたい映画である。
 キューバ革命の指導者となった、チェ・ゲバラの若きい日を描いた、「モーターサイクル・ダイアリーズ」よりも、私にはよかった。
 終わって、近くの「鳥茂」で串焼きと焼酎の水割り少々。