1870万円の高級車「オーテック・ザガート・ステルビオ」も本革満載の内装でした
以前、アメリカで牛肉に供された牛さんの皮が、日本車の本革シートの原材料になっているとお伝えしましたが、今回さらに皮と革についてお話を聞くことができました。
教えてくださったのは、川北芳弘さん。広告代理店勤務などを経て、ご実家の革製品と材料となる皮革製造卸会社を経営し、皮革関連団体の座長なども務めてらっしゃいます。

川北芳弘さん。東京、名古屋、兵庫に拠点を持ち、バッグ、靴、アパレル、インテリアの材料となる革を取り扱う皮革製造卸、(株)川善商店/Kawazen Leather代表取締役。1975年愛知県生まれ。大学を卒業後、東京の出版社、グラフィックプロダクション、広告代理店などを経て、2007年より川善商店を継承。
(一社)日本皮革産業連合会 Thinking Leather Action座長/日本革類卸売事業協同組合理事/レザーソムリエ講師/(一社)インテリアクリエイターズ協会理事/(一社)日本皮革製品メンテナンス協会執行役員/名古屋バッグ協同組合副理事
会場となったのは、日産モータースポーツ&カスタマイズ。ニスモとオーテックが合体してできた会社ですね。ロビーには、震災の被害を受けて里帰りしてきたオーテック・ザガート・ステルビオが展示されていました。
しかし、35年以上前に200台限定で登場したオーテック・ザガート・ステルビオが、今になって2台ならんで見られる光景はもはや滅多にないですね。
1989年バブル絶頂期に発売されたオーテック・ザガート・ステルビオの当時の発売価格は1870万円。ベースとなる2代目レパードが400万円程度でしたから、5倍近い価格です。レパードのシャシーにアルミボディを手作りで架装し、インテリアにはシートはもちろん、インパネなどにもフルに本革を使用した89年日本車ヴィンテージイヤーにおいてもバブルを象徴する特別に稀有な1台でした。
さてそのように、高級車のシートやインテリア表皮素材といえば本革、と相場が決まっていました。車のシートに限らず、革製品と言えば、ルイヴィトンだのプラダだのハイブランド、また高級ソファなどの家具にも多用されるストレートに高級品のイメージでしたが、近年では動物を殺傷して人間のエゴのために存在しているといった風潮も一部にあったようです。
しかし実際には、牛革で言えば、その材料となるのは、ステーキ、すき焼き、しゃぶしゃぶとなってみなさんのお口経由で胃袋に収まった牛肉を提供してくれた牛さんの皮であり、しかも世界の人々が食べる牛の量は、その皮を使う量より上回っており、牛皮は余って処分されているようです。牛革は、いわば牛肉生産時の廃物利用ともアップサイクルとも言えるわけです。
毛皮が一時期から動物愛護団体に叩かれたのに端を発したのか、誤解されたのか、もしくはどこかの団体の偉い人が分厚いステーキを食べながら「次は牛革を標的にしようぜ」と話し合ったせいなのかはよくわかりません。ちなみに、毛皮使用の廃止を発表しているブランドは多く見られますが、皮革の使用はほとんど続いています。
川北さんはこの状況に関し、割り箸が森林伐採の原因になっているように叩かれた例を挙げ、「割り箸は国内の間伐材などを使っていたのに、その一件以来国内の割り箸業者が衰退し、その風潮が収まった今では割り箸の殆どが外国産になってしまった」と言います。丸い木から四角い材木や平らな板を切り出せばどうしたって出る端材から割り箸を作っていたわけで、割り箸を作るために、木を植え、森を育てる林業なんてなりたつワケありません。牛革も同じと思うのが自然な気がします。
ちなみに、2021年の統計では、世界の牛の屠畜数は3.5億頭で、そのうち55%の皮が利用されているのだそうで、この利用率を下げると、代わりに石油由来の合皮や繊維が使用されることが予想され、環境に良いとは言えませんね。
また、牛以外の豚や羊や山羊といった哺乳類はもちろん、エキゾチックレザーと呼ばれるワニ、トカゲ、ヘビなどもお肉や血なども皮と同時に人々へ利用されているのだそうです。こうした皮を使わなくなると、ただ廃棄処分される量が増えるばかりか、その養殖業者のおウチのお子さんの学費が払えなくなる、などといったことまでも予想されるとのことです。
さて、革製品の環境負荷への試算は色々あるようですが、牛のゲップが地球温暖化に寄与するという話もありましたし、そもそも副産物なのでどれくらいの掛率に換算するのかとか、測りようがない部分はあるでしょう。けれど、昔から良い革製品は一生物と言われるくらい長持ちするものです。使い捨て文化とは真逆の素材であることは間違いありませんね。
ただし、自動車のシートは、永久保存したくなるいわゆる歴史的車両を除き自動車の一生と共にする物で、残念ながら人の一生に寄り添うものはごくわずかです。廃車になったときには革シートも焼却処分となります。ここで以前問題になったのがクロム化合物です。
六価クロムが1970年代に問題になりました。六価クロムは金属のメッキなどに使用されますが、これを吸ってしまった作業員の鼻の中に穴が開いてしまったり、発がん性物質であることがわかってきたことにより、現在では厳重な管理が必要とされています。
クロム化合物の一種は皮を革に変える工程である「鞣(なめ)し」に使用されていますが、この場合には人体に無毒とされる三価クロムが用いられます。ややこしいんですが、三価クロム(さんかくろむ=Cr2O3)も六価クロム(ろっかくろむ=CrO3)もクロム原子に酸素が結合した酸化クロム(さんかくろむ)なのですね。
それで、自動車が廃車になって、本革シートも処分されるとき、表皮が燃やされることになると、鞣しに使用した三価クロムが酸化して六価クロムを発生することがあるのだそうですが、これは現在の設備であれば問題なく外に漏れることなく処分されているとのこと。無害となって出てくる焼却物は肥料として利用されているし、クロムフリーの鞣しも研究や実用が進められているそうです。
なお、世の中の85%は三価クロムを使うクロム鞣し、残りは世界中の太古の昔から行われ続けてきた植物由来成分による鞣しですが、こちらは耐久性などでクロム鞣しに叶わないため、現在の自動車のシートはすべてクロム鞣しと言って良いそうです。
ロールスロイスのコノリーレザーも食肉牛の皮?
ここで、川北さんにいくつか質問してみました。
Q:「革製品のためだけに飼育されている牛」は世の中にいないのでしょうか?
A:いないと思います。ただし、過去に以下のような試みをする企業などはありました。
革製品をつくっているので、牧場も運営(肉が中心です)し、革も利用する。しかし、革を気にして、牛を育てるような牧場運営は難しく、結局普通に牧場をやっているだけみたいなお話を伺ったこともあります(笑)。
Q:かなり昔、ロールスロイスのシートにはコノリーレザーが使われていて、そのための牛が飼われていると読んだことがありますが事実でしょうか?
ハイブランドも含めて、自社の革の良さを強調するためにうちの革は牧場から管理しています。「うちの革製品のための牛がいます」などと言っていた時代もあったのだと思います。このような表現は、現在では逆効果ですが、この言い方でブランドの価値が高まる時代があったのも事実だと思われます。しかし、少なくとも近代では、それらも食肉の副産物が前提です(近代ではない時代の事実はわかりませんが)。しかしながらストーリーとして「○○ブランドのための牛がいる」という程度のいい方であれば、あながち嘘ではなくて、ハイブランドや老舗ブランドは、良い牧場の牛の皮が手に入るよう、畜産会社および取引のある革屋などと契約しており、原皮の筋のいい牛が屠畜されたら、その革はこのブランドへ。といったような流通があります。コノリーなども間違いなく、こういった類のストーリーかと思います。
Q:仔牛の皮も革製品にされていますが同じく食肉用の牛さんですか?
A:仔牛はイタリア料理のカツレツなどに使用されますが、食べられる量も少ないので希少です。しかしながら、仔牛の革(こちらももちろん副産物です)はきめが細かく、軽くて丈夫、傷が少ないといった特徴がありバッグや靴などの高級品にもってこいです。もちろん産地などによる違いもあるのですが、産地も含めこの辺りのプレミアム原皮は、エルメスなどのハイブランドが随時契約しており、例えば日本など他の国に出てくることは基本ありません。日本でも一部手に入りますが、それは昔からずっと契約しておりルートがある場合のみです。
Q:乳牛も革製品になっているんですか?
A:革製品になっています。例えば日本の牛は乳牛の革のほうが使いやすく、人気が高いです。
今回、参考になった要点をまとめると、
・革製品の原料である生物の皮は、すべては肉をいただいた後の副産物であり、それを使わないとゴミが増えるだけになる。
・同様に、毛皮のようにそれを取るために処分されている命はひとつもないので、革製品イコール動物愛護の精神に反するという議論はずれている。
・自動車用本革シートにはクロム鞣し革が使用されるが、製造時も廃棄時もクロム酸化物による環境汚染の問題は既にクリアしている。
僕個人としては、魚を食べられない身体になってしまったので、これからは胸を張ってお肉をいただき、革製品を使いたいと思います!
(小林和久)
さらに詳しい情報は、(一社)日本皮革産業連合会(JLIA)公式ページへ:https://tla.jlia.or.jp/
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