自動車はいずれEVに移行するものなのか?
私自身、自動車はいずれ「EV」に移行する、せざるをえない、と考えていました。最近のように「地球温暖化抑止」のために「自動車は二酸化炭素を排出しないものに」という雰囲気が世間一般を覆うようになる、ずいぶん前から。
かつて地球上に生きていた生物、微生物や植物が地層の中に閉じ込められて長い歳月を過ごすことでできた「化石燃料」を、人類は産業革命以来、大量に掘り出して燃焼させ、「地中に固定されていた」炭素をエネルギー源として利用してきました。その消費(浪費?)の速さと量はものすごい勢いで加速してきたわけで、それはいうまでもなく、直接に大気を暖め、二酸化炭素だけでなく様々な生成物を排出し(その中でも人体にとって有害と考えれれる成分を減らす、という社会的枠組みが「排出ガス規制」です)、局地環境から地球全体にまで様々な歪みを生み出してきました。その一方で、化石燃料は無限に存在するわけではありません。ある意味で地球が何億年かをかけて蓄えてきた資源です。「原油はいつか枯渇する」と言われ続け、でも探査技術や掘削技術が進化(という表現が適切か、とは思いますが)して、「可採掘埋蔵量」はそんなに急には減らない、というのがこの50年ほどの状況ですが。

でも、このまま「化石燃料」に頼り続けるわけにはいかない。それを具体的に考え始めたのはもう50年も前ですし、1990年代からは機会があればBEVを含む「電動車両」を折々に体験・分析してきました。その中で、自車に搭載した電池のエネルギーで走行する電動車両、すなわちBEV(日本ではこれを「電気自動車」と言うようになっていますが、「電動車両(EV)」という単語に含まれる動力車の幅はもっと広いのです)が、少なくとも乗用車としてなんとか「実用品」になりそうだな、と実感したのは、リチウムイオン電池が実用化段階に達した、2010年ごろからでした。

そして、地球温暖化が人類が直面する問題として、社会全体で取り組むべきテーマとしてクローズアップされ始めたのは21世紀に入ろうとする頃。「第3回気候変動枠組条約締約国会議」、いわゆる「COP3」の開催が1997年末でした。この、世紀の変わり目の頃は、私自身も「液体燃料+内燃機関」から「電池+電気モーター」への移行が必然、と思いつつ、「でも、科学技術においにも、交通社会においても、『非常に』難しい…」「無邪気に『全てのクルマをBEVに』と言ってはいられない」ということがリアルに見えてきたのも、この時期、もう四半世紀前でした。
後段で詳しく解説していくこの「BEVでは全てを解決することができない」難しさ、それを生んでいるのは、突き詰めれば「電池に蓄えることが可能なエネルギー量が少なすぎる」ことに行き着くのです。そして、「物質の電気化学反応を利用する」電池であるかぎり、原子から分子への成り立ちの原理原則を超えることはできない、つまり電池が、液体燃料と同等のエネルギーを蓄えられるように“進化”して、BEVが内燃機関(ICE)で走るクルマ、略してICEVと同じような走りと航続能力を獲得することはない。これが冷徹な現実。
そして、電池に充電する電力がどこからやってきたのか。BEVは「走るその場ではCO2 を排出しない」だけで、もし火力発電で作った電力で充電したなら、後で紹介するように、同様の化石燃料をエンジンで直接燃焼させて走るクルマよりも「走行距離あたりのCO2 排出量」は、なんとか「同等レベル」か、リアルに検証すると「多い」のです。さらに製造から解体までの「ライフサイクル」全体を見渡すと、BEVの「生涯CO2 排出量」は決して少なくはなく、さらに電池やモーターの原材料の採掘・精錬から製造プロセスまでの中では、地球温暖化以外の「環境影響」にも少なからぬ問題を抱えています。
この中で、電池にどう充電し、そのエネルギーでどう走らせるか、に焦点を絞っても、今、私たちの生活を構成している交通機関として、また移動空間としての自動車の「全て」をBEVに置き換えたとすれば、その時、道路交通もクルマ社会も、その中での個人の暮らしも、BEVに最適化するように変質・変革せざるをえない。つまり、移動の自由のかなりの部分を諦め、充電を移動計画の中心に据え、人流や物流は距離の区切りを細かくして、道路や輸送のインフラもそうした移動を前提にしたものに作り変え、そこに発生するコストアップや不便を受け入れる生活に変わっていかなくてはいけない。とりわけ移行期にはそのコストを社会と個人の両方で負担することになる。そういう「未来」が、少し深く考え、そこで実態が見えてくると、次々に浮かび上がってくるのです。だから安直に「次は電気ジドーシャの時代」とは言えない…わけで。私にとって「自動車の明日」は悩ましいものになっていきそうでした。<続く>
(両角岳彦)

