移動体にどれだけのエネルギーを積み込むことができるか
それでは次に、自動車を技術面で、あるいは産業や社会の中での役割などから、私が分析・理解している、そして工学だけでなく経営、経済などの専門的視点から社会を見つめてきた有識者の皆さんともその認識を共有している、BEVが抱える問題点、移動空間としての限界についてお話ししましょう。
その「限界」は何によるものなのか。それは電池というものの「大きさと重さに関する限界」に尽きる、と言っていいでしょう。そこを理解していただくために、基礎のところから簡単にですが解説してみます。
今日のBEVで、走るためのエネルギーとしての電力を蓄えるために使われているのは、物質(分子)が電子を放出する/獲得することでプラスかマイナスの電荷を持つ「イオン化」を利用した「化学電池」です。
写真:トヨタ自動車
先に余談として「エネルギー貯蔵」のための他のやり方を紹介しておくと、まず電荷を直接蓄える、言うならば静電気が“溜まる”のと同じ原理で電力を保持する「キャパシタ」があります。これだと電力の「出し入れ」は早いのですが、とにかく量を蓄えられない。だから大きく重い大容量ユニットを定置して急速充電用にする、といった使い方には良いのですが、クルマなどの移動体がそれなりの距離を走るエネルギーを蓄えて使うとなると、化学電池よりもさらに嵩張るものになるので無理。発進や加速の最初の「ひと押し」を作るのに使うのなら良いのですが。
あるいは機械的にエネルギーを蓄える手法も色々と試みられてきました。まず電力でモーターを回し、それで大きな独楽(フライホイール)に回転を与えるとその回転を保つ。エネルギーを取り出す時にはそのモーターを駆動して発電。その電力を取り出す。腕時計の自動巻も運動エネルギーをばねに“蓄える”仕組みです。こうした「機械式電池」も、やはり蓄えるエネルギー量に対して大きく重くなるし、精密機械として製造・保守する必要もあるので、移動体用のエネルギー貯蔵には適しません。
そこで「化学電池」に落ち着くわけですが、自動車の中に積んで電力を貯蔵・放出するものとして長年使われているのが「鉛-酸電池」。俗にいうカー・バッテリーです。これは正極・負極の1セット(セル)で電圧が約2.1V。6セルを直列につないで12Vにしています。自動車の黎明期だった19世紀末ごろは、この鉛-酸電池を数多く積んで–といっても嵩張り重いので限界がありますが–直流モーターを駆動するBEVの祖先が、刺激臭のある排気煙を出さず発進も容易で、ICE車より好まれた時期が一瞬だけあります。
1994-95年ごろ日本での「EVブーム」第1期にはこの電池を積んでいた車両もあり、何度か走らせましたが、航続距離が限られすぎて実用は難しい、と実感させられたものでした。
自動車用としてある程度使えるかな、となったのが、その後に出てきたニッケル-水素電池。トヨタが1997年登場の初代プリウスに搭載したのが最初の市販化でした。でもこれでもまだ「実用的なBEV」の実現は難しい。
そこに現れてきたのが、リチウムイオン電池。
携帯電話やノートPCにまず実装され、“大容量化”が進んだことで、ついに今のような「日常的に使える乗用車」であれば実用品になるところまで来たのでした。正極、負極、リチウムイオンが移動する電解質のそれぞれの物質とその組み合わせが何種類かあり、電解質に可燃性の液体を使うものでは、その中に細かな異物がわずかに混じっていたり極材が発熱したりすると発火する危険性があるのは、だいぶ知られるようになりました。それも自動車に使うにあたって自動車メーカーと電池メーカーの両方が様々に対策を考え、安全性を高めて来ていますが、まだ難しい面は残っています。
両極に使う物質の組み合わせによって単セルの電圧も異なり、おおよそ3〜4Vの範囲なので、たとえばシステムとしての電圧を400Vにするのであれば、100以上のセル(単電池。正極と負極、電解質で構成される電池の最小単位)を直列につないでひとつのブロック(モジュール)にし、電力量を増やすためにはそのセルを大型化するのにも限界があるので、直列接続したブロックを複数並べる、という構成にします。
ここで自動車や移動体のためのエネルギー貯蔵要素としてまず最大の問題は、リチウムイオン電池といえども、そのパッケージの容積と重量。
ざっくりした指標ですが、単位重量(たとえば1kg)あたりに蓄えられるエネルギー量を、ガソリンや軽油、灯油(ターボジェット・エンジンが燃焼させているのは灯油にほぼ近いケロシン)などの液体炭化水素燃料と、化学電池とで比べると、100倍に近い差があります。単位体積(たとえば1ℓ)あたりのエネルギー量でも、化学電池は液体炭化水素燃料の20〜30分の1。
炭化水素燃料ではその熱エネルギーを、電池では電気エネルギーを、クルマを動かす力に変える効率では、電池〜モーターの方が良いと考えられますが、それを勘案しても、同じ移動を実現するだけのエネルギー量を移動体自身の中に積み込むとなれば、電池は重量で20〜30倍、体積で10倍ほど多くを、クルマの、航空機の、船舶の中に占めることになるわけです。
最近の実車を見てゆくと、300〜400kmを1回の充電で走れるだけの電力容量を持つ電池を搭載した乗用車は、同じ空間サイズの内燃機関で走るクルマに対して、600〜800kgほども重くなっています。車体の軽量化や走行機能に最新の技術要素を組み込んだ「実用燃費に優れた」内燃機関を動力にしたクルマたちだと、同じような距離を同じようなペースで走るのに必要な燃料は15〜20ℓ、重量にして11〜20kg程度です。50〜60ℓ、40〜45kgの燃料を積めば実用として1000kmの航続が可能。日本でそこまで一気に走るユーザーは少ないのですが、ヨーロッパでは「1日で1000km走る」は日常です。
というところで、最近の「一充電航続距離400〜500km」を公称する(実用の中ではその7〜8割か、走らせ方によってはもっと短くなります)BEVは、車両重量としては内燃機関で走る乗用車の1.5倍ほどになっています。
この「重さ」は、自動車はもちろん、航空機にとっても、船舶にとっても、その移動体としての能力を減退させる、つまり「足を引っ張る」ものです。何より重さ=質量が増せば、その物体を押し出して速度を持たせるのに消費するエネルギー量は、その質量に比例して増える。これが物理学の原理原則。より遠くまで走れるように、と電池の搭載量を増やすと、その走行の中で消費するエネルギー量が増え、電池容量を増やした分だけ航続能力が増えるわけではない。つまり「エネルギー効率」が低下する。実際に、電池搭載量を増やして重くなったBEVは、同じ車種でも、電力あたりの走行距離、いわゆる「電費」が低下しています。他の実用性能と同じように、これは私自身が実際に走って確認した「実態」です。
一例をあげれば、私がこれまで走らせたBEVの中で最良の“電費”を記録しているのは、2017-19年に日本でも販売されたフォルクスワーゲンe-Golfで、かなりの距離をともにした中で1kWhあたり7〜8.5kmは走りました。下り勾配基調のクルージングでは10km/kwhまで伸びた区間もあります。ゴルフとしては第7世代の骨格に35.8kWhの電池を搭載し、車両重量は1590kg。これでも内燃機関搭載モデルより350kgほど重量が増えています。
リチウムイオン電池を使うBEVの市場導入にあたって、日欧では各社が電池の特質・得失を踏まえて乗用車としての使用パターンをシミュレーションした。その結果として電池容量は25〜45kWh、一充電航続能力は200〜300knという数字が導かれた。十年を過ぎて振り返ってみると、今日・近い将来でもこれが妥当な数字ではないかというのが私の結論。2017年にゴルフ7の車体を使って市販化されたこのe-ゴルフは電池容量35.8kWh、車両重量は1590kgで、最も軽い3気筒1ℓモデルとの比較でも+350kg。最近の電池よりちょっと重いが。床下の元々空間になっているところにレイアウトしているので車両運動のバランスも崩れていない。今日に至るまで私が実走行確認した中で「実用電費」最良の1台。
図:Volkswagen
同じVWがBEV専用車体として開発した“MBE”で作った、ゴルフと同等の空間を持つID.4では、77kWhの電池を積むPro仕様(車両重量2140kg)で九州遠征なども含めてかなりの距離を走りましたが、5.5〜6.5km/kWh。電池容量を52kWhにして車両重量1950kgのLite仕様は、走らせたのが東京起点とはいえ冬の時期で(低温の季節は暖房にかなりの電力を消費し、電池の活性も低下するのがBEVの弱点でもあります)、6〜6.8km/kWhと明確な差は出ませんでした。
BEV専用骨格として企画された”MEB(Modularer E-Antriebs Baukasten:モジュラー電動車両ツールキット)”の中核モデル。公的性能試験に基づく一充電航続距離の公称値を400〜500kmまで伸ばそうとすると70〜100+kWhの電力容量が必要になるので、前後車輪間の床下ほぼ全面に電池を”敷き詰める”レイアウトを採らざるをえない。これは航続能力を前面に打ち出す最近の上級BEVに共通する構成。その結果、車室床高も上がり、車両重量も同程度の空間・動力性能を持つICE車両に対して600〜800kgも重くなる。その一方で骨格設計も足まわりの構成・部品も乗用車としての基本形を踏襲するので、もともとの形態の1.5倍にもなる質量を受け止め運動を支えるのはもはや無理、と言いたくなるのが実態。
図:Volkswagen
電池容量を100kWhほどに増やし、車両重量が2tを大幅に超えるような上級大型・加速性能を強調しつつ、一充電航続距離も公的テストモードでは400〜500kmを公称する車両も複数体験していますが、どれも実用電費は4〜5km/kWhにとどまります。それも高性能BEVのアピールポイントである発進から中速域までの強烈な加速は試みずに、という条件で。つまり、こうしたクルマたちのエネルギー消費は、BEVとしてはまだ試用段階だったe-Golfの1.75〜2倍。「4人の大人が過不足なく移動できる」乗用車として、重量比以上に移動機械としての効率が低下してしまうことがわかります。
それに加えて、電池重量が大きなBEVと内燃機関で走るクルマ(ICEV)を、例えば同じ車体で作り分けた製品同士で比較すると、まず路面の凹凸を踏んだショックが車室側によりきつく強いものとして伝わってくるなど、快適性が低下。ブレーキングやコーナリングなど走りのパフォーマンス全般にわたって「重さ」がマイナスに働き、運動性全般が減退します。<続く>
(両角岳彦)