F1は転戦時もカーボン・ニュートラルへ【自動車のCN化-その真実_全てBEVになる日は来ないvol.14】

「移動とエネルギー」をもう一度「グランドデザイン」から考える

ここで一度「クルマ」から離れます…。
道路を使った輸送機関以上に、まず五、六人以上、何十人、何百人の人間を、そして貨物を運ぶ航空機は、内燃機関以外の動力源では成立しえません。小さいものはレシプロ・ガソリン・エンジン、大きな機体はジェットエンジンや、それをコアに使ったガスタービン系の動力源を、これからも使っていく以外の選択肢はない。そう言い切ってもいいでしょう。
航空用燃料としては、とくにガスタービン系内燃機関が使うケロシンと同等の特質を持つものが、一般的には「SAF(Sustainable Air Fuel)」と呼ばれて、徐々に実用化段階へと入っています。このSAFについては、とかく廃食用油の再利用やバイオ起源のものなどが日本のメディアで取り上げられていますが、それらでは現実に必要となる量にはまったく足りません。遠からず、CO2と水を起源として、燃焼によって発生するCO2とバランスするような「カーボン・ニュートラル液体炭化水素燃料」が量産されるようになったところで、それをもっとも切実に必要とするのはこの航空輸送の分野でしょう。

炭化水素液体燃料からの代替が困難(不可能)な移動体:中大型長距離航空機。これはエアバス社が「ゼロ・エミッションに向けて・液体水素で航空機を飛ばす時代が来るとしたら…」として公開したイメージ画だが、この機体容積(翼内を含む)では実現不可能、できたとしても1000km程度飛べるかどうか。こうした航空機は、いわゆるSAF(サステイナブル・エア・フューエル)で飛び続けることになる。現状、SAFは廃食料油などから作ったものが多いが、本格移行には量が全く不足しているのでいずれは合成燃料が主になる、はず。
図:Airbus

ちなみにサーキットレースの最高峰として知られるF1(Formula1)の主催団体は、2035年には「シリーズとして」カーボン・ニュートラルを達成することを目標に掲げています。マシンを走らせる内燃機関の燃料はもちろんですが、じつは「シリーズ全体として」は、2024、25年で世界各地で24戦を開催する中で、20台のマシンとそのスペアパーツはもちろん、彼らが専用に開発・運用している計時システム、車両からの映像伝送も含めた放送機材なども全て「転戦」させています。当然、各チーム50〜60人と言われる現場スタッフ、運営側も合わせて500人以上の人間も国・地域をまたぐ移動を繰り返す。その移動のほとんどが航空機によるわけで、おおよその見積もりでも大型貨物機を6〜7機、欧州外の転戦では飛ばしているはずです。人の移動の航空便はそれとはまた別。この航空輸送に使う燃料を「カーボン・ニュートラル」にする計画を進めているのです。

F1が2026年から全面採用する「カーボン・ニュートラル燃料(ほぼガソリン相当)」の製造・合成から使用までのイメージ。航空用燃料への展開も組み込まれている。ホンダを含めて4社あるパワーユニットの開発・製造・供給メーカーが、それぞれ別の燃料メーカーと提携して、重量あたりエネルギー量を多く、きわめて先鋭的な燃焼開発に適合する専用燃料を開発・使用する。
図:本田技研工業

もうひとつちなみに、スポーツ・プロトタイプと呼ばれる競技専用の車両と市販されているスポーツカーの競技用改造車両を使い、これも世界的な選手権シリーズとして年間7、8戦を各国のサーキットで行う「世界耐久選手権(WEC:World Endurance Championship)では、フランスに本拠を持つ石油メジャー、Total(トタル・エナジーズ)が、「ワインに使うブドウの搾りかす」からさらに抽出した糖分からアルコールを作り、そこから合成したガソリンを、全レース・全車両に一手供給しています。

ル・マン24時間レースを含めて世界各地を転戦するスポーツカー・レースの最高峰、WEC(世界耐久選手権)で参戦車両が使う燃料は、ワインを作る過程で出るブドウの搾りかすから糖→アルコールを経て合成されたガソリン。フランスのTOTAL社が全量を供給している。
図:TOTAL Energies

そして「交通」、とくに「モノの移動」に関わる重要な存在の中で、液体燃料、中でも炭化水素系を使い続けることが必須なのは、大型船舶です。こちらは航空機とは比較にならないほど大量のモノの輸送を、その船体の中に積み込んだエネルギー源で行う移動体なので、重量あたり、容積あたりのエネルギー量が大きく、しかも取り扱いが簡便で、世界のどこででも入手可能な「燃料」が不可欠なのです。
今日の商船が積む動力源の主流は大型、超大型のディーゼル・エンジン。燃料にはA重油を使い、軽油よりも格段に粘度が高いので暖めることで流動性を高めて、シリンダーに噴射して燃焼させています。これを他のエネルギーと動力機構に置き換えることは、地球上に広がる人間の今日の暮らしそのものが成り立たなくなるわけで、やはり「カーボン・ニュートラル燃料」の実用化が必須となります。

炭化水素液体燃料からの代替が困難(不可能)な移動体:大型外航船舶。自機の中に搭載しているエネルギー源で走行する移動体として、現在、世界の物流を支えているこうした船舶群も、液体の炭化水素燃料、それも重質油を温めて流動性を上げてからディーゼルエンジンに送り込んで生まれる動力で航海している。これに替わりうるものはない。例えば「風」は補助的に使えるかもしれないが、帆船では今の速さでの定期運航はできない。
写真:Wikimedia commons

同じ状況にあるのが、長距離輸送を担う大型トラック類。日本では1台あたり10tほどの貨物を積んで高速道路などを1日何百kmかを走り、生活と社会活動を支えているわけですが、世界に目を向けると、積載量はその倍、移動距離も1回に千km単位というようなトラック、トレーラーによる輸送がいくらでもあります。こうしたクルマたちも、現在の軽油に相当する液体炭化水素燃料が、これからは必須になります。

炭化水素液体燃料からの代替が困難(不可能)な移動体:大型長距離トラック。電池-電動化もさまざまに試みられているが、まず電池の重さと体積分だけ積載できる貨物が大幅に減り、それでも200〜300km走れるかどうか。そして充電インフラも乗用車の比ではない大容量の設備を大量に建設・運用することが必須、だが世界のほとんどの場所でそれは無理。これも軽油相当のCN燃料+ディーゼルエンジン以外に適切な選択肢はない。この写真は隊列+自動運転の実路試験中のものだが、自動運転の実用化はこうした自動車専用道路+大型商用車から進んでいくはずであり、社会全体としてそこに動くべきでもある。この、自動車社会の明日に直結するテーマについてはまた別の機会に。
写真:Daimler

一方で、その長距離輸送から個別配送に、貨物を積み替えてデリバリーしてゆくところ、あるいは走行範囲が狭い使い方、たとえば港湾のコンテナヤードの中で個々のコンテナを移動させるような業務については、内燃機関+液体炭化水素燃料から脱して、「適材適所」の動力源を使い分けることが、論理としては適切ですが、それを実現するためには自動車そのものを変化させる以上に、社会全体として「移動とエネルギー」について合理性のある「グランドデザイン」を描き、インフラストラクチャーとして再構築してゆくことが必須となります。ということは、そうした社会や現場を“デザイン”し、実務として構築していく組織と人々にも、大局的な視野と科学的な思考・判断・構成力が求められる。そういう時代を迎えているのです。<続く>

(両角岳彦)

 

最新情報をチェックしよう!