水素を燃料とするエンジンは成り立つか?
このように水素をガスとして貯蔵し運びつつ使うのはかなり大変なので、「液体にしたら…」は誰しも考えるところ。ただ水素が液化するのは-253℃。絶対零度と言われる極限の低温、273℃に近づく領域です。そこに行き着くためには圧縮〜冷凍サイクルを繰り返す、つまり多くのエネルギーを投入する必要があります。そうやって液体水素を作れば、1m3で70.8kgまで密度が高まり、容積あたりのエネルギー密度はガソリンの4分の1にまで近づきます。
写真:BMW
液体状態でも比重はガソリンの10分の1弱なので、重量あたりのエネルギー密度ではガソリンより大きくなりますが、自動車のような移動体にとってはまず燃料タンクを収める空間が問題。ロケットだと打ち上げ時の重量の方が重要ですが。
いずれにしても-253℃で液体状態にした水素を、人間が作れる断熱性の高い容器、わかりやすく言えばサーモス・ポッド、昔なら魔法瓶のようなタンクに注ぎ込んでも、刻々と沸騰(ボイル)が起こります。気体になれば体積が膨張し、狭い空間に閉じこめている状態では内部の圧力が上がる。タンクの強度には限界がありますから、気化したガスは外に逃す。これをどこまで抑えられるか。同時にその容器のバルブ部分などごく小さな隙間からでも抜け出していく「最小の物質」をどう閉じ込めておくか。ここが非常に難しい。これは気体で貯蔵しておく時も同様ですが、液体水素ではとくに極低温であることで難しさが倍加します。もちろん充填のための機材やタンクも大変です。金属には水素を吸収して強度と粘りが低下、脆くなってしまう「水素脆性」という特性があり、これはとくに極低温で進行しやすい、などの問題もクリアする必要があります。
しかし「いずれは水素を使う日が来るかも」と、燃料電池だけでなく内燃機関の燃料としても使う研究開発は、もう何十年にもわたって続けられていて、日本では武蔵工業大学(現・東京都市大学)の古浜庄一先生がその嚆矢の一人。私も駆け出しの雑誌記者時代に何度か研究室にうかがったことがあります。時々、水素エンジンの難しさのひとつである早期着火(プレイグニッション)が起こったとかで、壁や天井が焦げていることもありましたが。「実験用の水素が搬入されたらすぐに使わないと、逃げてっちゃうんだよ。何しろ『分子量2』だからね」と話されていたのも思い出します。
図:BMW
2000年代に入るとBMWが、それまで実験的に取り組んでいた水素燃焼エンジンの開発を加速。ドイツのガス専門企業リンデと組んで液体水素とそのタンク、充填システムを開発。当時の排気量6ℓ・V型12気筒エンジンと組み合わせて、その吸気吸入ボックス部分に噴射、気化させつつ空気と混合して燃焼室に送り込んで燃やす手法で、実走車両にまとめ上げています。このエンジンを当時の7シリーズ(E68型ロングホイールベース仕様)に搭載したのが「Hydrogen7」で、ワールドツアーも行いました。その中で2008年には日本にも立ち寄り、まだ高圧ガスに関する法規制が厳しかったため、特別許可を得た充填設備を仮設した日本自動車研究所のテストコース(当時は筑波)で試乗会を実施。私もこのクルマを体験することができました。噴射〜気化の音が独特だった以外、ガソリンエンジンの7シリーズと変わらないところまで自動車として仕上がっていましたが、その後このプロジェクトはお蔵入りになっています。
付け加えるなら、水素を燃焼させると直接に生成されるのは水で、これは排気管から水蒸気となって排出されます。内燃機関から排出される大気汚染物質として’70年代から規制対象になっているものの中で、高温・高圧下で空気中の窒素と酸素が結びつく窒素酸化物(ほとんどが一酸化窒素NO、水に溶けると硝酸になる“有害”な成分は二酸化窒素NO2で、この2種が混じって生成されるので「NOx」と呼ばれる)は、うまく燃せば燃やすほど生成しやすくなるのは水素エンジンでも変わりません。そこでHydrogen7のV12エンジンでは水素に対して空気量の多い希薄燃焼にして、燃焼温度を下げて対処していました。
図:BMW
私の体験的理解として、「カーボン・ニュートラル」とそこで必須の「エネルギー源の多様化」の中で、水素でクルマを走らせるのであれば、水素が多量に作られ使われる産業の現場、たとえば製鉄プラントなどとその周辺のあまり広くないエリアで、気体状態で、「貯蔵」を最小限に、日々走り回るクルマたちをFCEV化して供給するのが有効、有益だと考えます。その意味では、ずっとFCEVに取り組んでいるトヨタの技術陣から最近「FCEVの将来は商用車へ」という発言が出ているのも、「やはり」と受け止めています。あるいは自然エネルギー発電で水を電気分解して作る水素を使うか、ですが、これについては山間地や島嶼などの地域限定なら意味があり、しかしある程度の規模を超えたら、その電力と水素製造は液体炭化水素燃料を合成するのに使ったほうが様々な面でロスが少ないはずです。<続く>
(両角岳彦)